1960年代にできた道路沿いから「地価」がついた?

2017/05/25 23:47 に 博康増山 が投稿   [ 2017/05/25 23:49 に更新しました ]
田園都市づくりを考えていくため、
川口市の地価の動きを調べています。

1970年の公示地価をマップに落としてみると、
興味深いことに気付かされます。

現在、川口市内の公示地価地点は、250以上を数えていますが、
当時は、9地点でした。

つまり、地価を公示しなければならないような地域が、
少なかったと考えることができます。

そして、少数ながら、地価が公示されている地点をみると、
川口駅前の栄町3丁目が3地点、
旧・鳩ヶ谷市域が2地点で、
残りは、川口市の「縁辺部」に限られ、
いずれも、産業道路(さいたま上尾線)、及び鳩ヶ谷街道(東京鳩ヶ谷線)に
近い地点だと言うことです。

産業道路は1962年開通、東京鳩ヶ谷線は1960年埼玉県道認定、
1961年東京都道認定されています。

つまり、まだ農村部の色あいが濃く、
川口市域の「中央部」は「畑ばかり」と言う状態の頃、
1960年代に整備された道路沿いから、
1970年代になって「地価」が評価されるようになってきた

そういうようなことではないかと思われるわけです。


1970年の川口市公示地価マップ
川口市公示地価マップ1970
(公示地価額は国土交通省による)
道路・鉄道網は、2017年現在のもの